今年は新型コロナウィルスが猛威を振るい、
入学式が遅れるところや、
緊急事態宣言が解除されてから行われたりして、
春が失われたような感じになってしまいました。
遅い地域でも6月中には入学式を終えたそうです。
半年くらいぽっかりと開いてしまったような。
そう、今年半分が終わるんです。
ざっくり夏越の大祓~上半期が終わって下半期に突入します
夏越の大祓【入門編】
概要
そもそも大祓というのは、
神道の行事です。
大祓自体が年に二度行われ、
夏越の大祓が6月30日、
年越しの大祓が12月31日に行われます。
かつてといっても大昔。
西暦701年に大宝律令が制定されました。
その大宝律令によって正式な宮中行事として定められたのです。
半期に一度、
夏を前に汚れた衣服などを取り換えることによって、
雑菌が繁殖しやすい夏に伝染病が流行しないようにしたのです。
当時は水は貴重で、
洗濯をしたりする習慣もなかったとされています。
また伝染病も流行しやすかったのです。
茅の輪くぐり
神社の境内にこういうのが設置されているのを見たことはありませんか?
これが茅の輪くぐりといい、
8の字を描くように廻ってくぐります。
右回り→左回り→右回り→そのまま本堂へ向かいお参り
といった感じでしょうか。
神社によっては回数や向きが違いますので、
おそらく案内板が設置されているはずですので、
それに従ってください。
茅の輪にはどういう意味があるかというと、
スサノオノミコトという神が身分を隠し旅をしていて、
ある町で一泊することにしました。
村の長者の巨旦将来に泊めてほしいと申し出ましたが、
巨旦将来は断りました。
巨旦将来の兄弟である蘇民将来は貧乏でしたが、
出来るだけのもてなしをして泊めてくれました。
スサノオノミコトは感謝し、
茅の輪を渡して身につけるよう言いました。
茅の輪をつけていなかった巨旦将来ら村人は、
疫病で亡くなってしまいましたが、
蘇民将来の一族は無事に生き残りました。
めでたしめでたし。
本当にめでたしなんだか不安になる話ですが、
このスサノオノミコトのくれた茅の輪がもとになっています。
ちなみに生き残った蘇民将来。
どこかで聞き覚えのある方もいると思いますが、
京都の祇園祭で奉仕される方が身に着けている護符には、
「蘇民将来子孫也」と書かれています。
祇園祭の行われる八坂神社は、
スサノオノミコトを祀った神社なのです。
蘇民将来の子孫であれば、
厄病から免れるということが由来になっているのです。
ポスターの問題で、
一時期話題になった蘇民祭も由来は蘇民将来です。
人形(ひとがた)
人の形を模した紙を体にこすりつけるまたは、
息を吹き込み穢れを移します。
そして神社の池や清流に流してその穢れを払うのです。
その他の行事
大祓詞を奏上
切麻でお祓いをする
(切麻とは米や麻・紙を細かく切って神前に撒くこと)
直会
(御供えしたお神酒などを皆でいただくこと)
夏越の大祓の歴史
そんな夏越の大祓ですが、
京都が焼け野原になったことでおなじみの、
応仁の乱(1467~1478)で中断します。
その後、
明治5年(1872年)に明治天皇が全国の神社へ、
大祓を行うようにというお触れを出すまで、
400年もの間中断されたのです。
掛け紙(のし紙)は
神社に奉納する際の掛け紙は、
「奉納」か「御神前」、「上」が良いでしょう。
掛け紙の種類は、
紅白水引5本、花結び、のしありがよいでしょう。
ちなみに「奉献」という表現もありますが、
自分のところで神事を行う場合のお供です。
つまり自分の土地で地鎮祭などを行うときの掛け紙(のし紙)は、
「奉献」です。
今回は神社へもっていくわけですから、
「奉献」ではなく「奉納」が良いです。
間違えやすいのでご注意ください。
要するに
- 夏越の大祓は上半期の締めくくり
- 元々は半年間の体の汚れを落とすのが目的
- 体の汚れとともに穢れを落とすようになった
- 茅の輪くぐりや人形へ厄を移す
- 神社へ御供を持っていく際の掛け紙は「奉納」
- 自分の土地で来てもらっての場合は「奉献」
神社への御供はお菓子かお酒が多いです。
お酒のおすすめ―原田酒造場
伝統的な酒造りを元に、
無限の可能性を持つスーパー天然酵母「花酵母」を使い、
日本の四季に合わせた日本酒を製造販売しています。
地酒を使った元祖地酒チーズバーでも有名な酒蔵です。
掛け紙対応はもちろんしてくれます。
お菓子のおすすめ-森半
老舗の製茶メーカーでありながら、
抹茶スイーツを作っています。
掛け紙対応してくれます。